本当なら今頃マチュピチュ遺跡に足を踏み込んでいる頃だったが、ストライキでマチュピチュ村に行けなくなってしまっったため渓谷ツアーに参加することに。


朝の6:30ごろにバスでホテルの前にお迎えに来てくれて、小型のバスに乗って出発。



一人一人出身国を聞いてきたり、ちょこちょこ質問をしてきたりと集中して聞いていないと英語が入ってこない人間としては精神をすり減らすことになるからほっといてくれーとか思いながらもなんかベラベラ喋っている。



ツアー参加者はほとんどペルーの人らしく、スペイン語で言語が通じる。そのため英語での説明は俺のためだけにやってくれていることになるので、適当に聞き流すわけにもいかず苦しかった。



そしてようやくついた一つ目の目的地「チェンチェーロ」


 ここはアンデネスと言われる段々畑が綺麗に残っている遺跡で、インカ帝国時代堅固な要塞だったと言われるが今は石組みしか残っていない。

なんでもなさそうな石の中にインカ帝国の三代動物。コンドル、ピューマ、蛇の絵が書いてあるんだとか。今ガイドの人が指差しているところがコンドルで、蛇はわかるけどピューマはどこにいるのでしょうか。

そしてこれは再建された建物のようですが、教会みたいなのがあって、天文学的な観測と占いみたいなことをやっていた場所だそうで、特徴的な石の組み方がされています。

また、チェンチェーロは周辺随一の織物の産地らしく。天然の含量で色付けをしていたんだとか。デモンストレーションではサボテンの棘を折ると急に手が真っ赤になって、最初手に棘が刺さって出血しているのかと思っていたら、サボテンの棘の染料の説明でした。



一時間ほど経ったのちに次の目的地に向かいます。

バスの中での景色は、どこまでも続く畑。すごくのどか。日本とかけ離れていつまでもみていたくなる景色。全てのことがちっぽけに感じてきます。



舗装されていない道をバスに揺られることさらに一時間。モライという遺跡に到着。

 丸く凹んだとこころという意味を持ついケチュア語のこの遺跡。一体なんのために作られたのか。



 その役割については諸説ありますが、植物実験場というのが通説です。(数多くの種子が発見された)




 この段々畑の一番高いところと低いところでは10℃以上の差があるんだとか。気温差は100mごとに0.6℃下がるいことを考えるとそんなに差ができるの顔と疑問もあるが…


 しかし、この遺跡は山の配置も考慮してさまざまな条件を作り出しているいことです。

 もらいの背後に山があると、風が流れ込まないので比較的温度が下がらないと言ったところや。完全に吹き抜け流ところに存在するモライもあるんだとか。(ツアーの時間の関係上全部で4ついあるもらいのうち2個しか見れなかった)





大昔の温度とかの条件をコントロールするのが簡単ではない時代に山、風、標高、雨水のはけ具合など全てを利用して品種改良をしていたというのにはすごく神秘を感じます。



 次に向かったのはマラスの塩田

ここは標高3000mの高地に位置し、インカ帝国以前から現代まで沸き続ける天然の塩水を利用して、手作りの塩を作っている塩田です。

天然塩水の湧いているところ。

 一つ一つの塩田のそばには小さい川みたいなのが作られて、少しずつ塩水が塩田の中に入っていき、乾季に水が一気に蒸発すると塩が取れるんだそうです。

 入場者特典として、マラスの塩田でとれた塩もらいました。

さて次の目的地に向かいます。


本日4つ目の目的地は、オリャンタイタンボ。別名砦の遺跡。

このオリャンタイタンボは、マチュピチュへの玄関口となる都市でここから出発する電車がストライキで止められてしまったので、マチュピチュに行けなくなっています。



ともかくとして、なぜ砦の遺跡なんでしょうか。





それはこの遺跡が東西南北の道がクロスする地点に存在し、スペイン軍に抵抗する要の要塞だっらからだと言われています。

ここもインカ帝国の遺跡なので、例に漏れず太陽信仰の遺跡です。そのため頂上には、太陽の神殿だったと思われる巨石が立っています。

この巨石にはピューマの掘りかけたあとがあるとか、ガイドブックに書いてありましたがよくわかりませんでした。しかしどの石もピッタリ並べられていて、石の加工技術の高さはこの巨石を見るいだけでもよくわかります。



 そしてこの神殿からちょうど反対側に向き直るとこんな山があります。

この山の中腹あたりを見ると何やら変わった建物と彫刻があります。

実はこの顔のようなものは掘ったわけではないらしく、自然に顔に見えるため、神と考えられたんだとか。そしてこの神の右側には食料倉庫があり、神の腕の上に乗った食料倉庫だと言い伝えられているそうです。



 こんな遠くに食料倉庫を作るなんて、なんて非合理的な。



 オリャンタイタンボは結構観光できるところが多くて、お土産屋さんご飯屋さんもいっぱいあり、perurailの電車とバスのチケットをバラバラにとってここに少し滞在するのもありかもしれないと思いました。

 いよいよ本日最後の目的地ピサック遺跡に向かいます。

ここは良質なとうもろこしの産地として有名だった遺跡で太陽の神殿。月の神殿。アンデネス(棚田)がある遺跡で他の遺跡と比較して観光地化していませんでした。

 そして一番衝撃だったのはこの岩の説明です。この岩よく見ると、亀裂が入っていて、円柱形に切り分けられているいのがわかると思います。



 なんとこの岩の中一つ一つにミイラが入っていたんだとか。なお今は野生動物に荒らされたのか、侵略者によって破壊されたのかは不明だがいない)



 ミイラになることのできたのは王様以外の上流階級の人で、ミイラになったのち数%が川をわたって現世に戻って来れるという信仰のもと行われていたとか。一緒に犬も入れられていていて川を渡る時に助けてくれる存在とのこと。



 では王様はそうしてミイラにしないのか?それは死なないから。

 王様は死後も毎日新しい服を着て食事を口元に運ばれていたそうです。腐敗とかにはどうやって対応していたのでしょうか。謎は深まり、インカ帝国の狂気性を感じました。


明日はレインボーマウンテンツアーに参加します。

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